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Reporting the underreported about the plan of action for People, Planet and Prosperity, and efforts to make the promise of the SDGs a reality.
A project of the Non-profit International Press Syndicate Group with IDN as the Flagship Agency in partnership with Soka Gakkai International in consultative status with ECOSOC.


SGI Soka Gakkai International

 

Photo: Channon Market. CC BY-SA 3.0

|オーストラリア|環境活動家らが作った市場、40年を経てもなお盛ん

【チャノンIDN=カリンガ・セネビラトネ】

西側諸国でヒッピー運動が盛り上がっていた1976年、風光明媚なこの昔ながらの農村は、伐採業者と環境活動家らとの激しい闘いの場であった。環境活動家たちは、近くにあるテラニア川沿いの熱帯雨林の伐採を阻止するために、オーストラリア全土から集まっていたのだった。これがこの国での初めての活動家らによる直接行動と言えるものであった。

環境活動家たちの多くは安価な農地を手に入れてその場に住みつく決意をした。「土地へ帰れ」という理念をもったコミュニティを立ち上げたのである。

「70年代に夫とこの場に移り住み、貧しい自給自足の生活をしてきました。ここに住み始めてまもなく、テラニア川周辺の熱帯雨林が間もなく伐採されると知りました。私たちは、その森を皮切りに長年にわたって熱帯雨林を守るために闘ってきました。」と語るのは、熱帯雨林植物学者であるナン・ニコルソン氏である。彼女はチャノンに40年以上も住み、熱帯雨林の植物やハーブに関する著作も多くてがけている。

職人や木工業者など、ニコルソン氏のような新たにこの村に移り住んできた者たちは、小さなホールで伝統的な村市場を始めた。ここでは物々交換がなされ、厳格な「作るか、焼くか、あるいは育てるか」といった理念が支配的だった。44年経っても依然として市場は盛んで、200以上の露店が軒を連ね、毎月2000~3000人が訪れている。

「この市場は私たち地元文化の一部です。人々はここで雇用の機会を得たり、芸術的な作品を含め、自分たちの作ったものを売ったりすることができます。」と、市場の管理組合のクリス・マクファデン事務局長はIDNの取材に対して語った。

毎月第2日曜日に開かれるチャノン手工芸市場は、100以上の地域のグループ、零細業者、個人を支えている。市場は40年前に環境活動家たちのミーティングの場として生まれ、今日に到っても同様の役割を果たしている。事実、IDNの取材を受けていたニコルソン氏は、近くで建設が予定されているダムに反対する新たな環境キャンペーンを広めるためのブースの番をしていたのだった。

市場は人気を博し、手狭になったチャノン・ホールから、屋外の市場で買い物が楽しめるコロネーション公園へと移転した。9人のボランティアと多くの有償スタッフから成る管理組合が運営している。

マクファデン事務局長は、「この土地は地元の地主から村に寄付されたもので、現在はクリケット場と市民の憩いの場として地元自治体が管理しています。私たち(月に1回開催する)市場の管理組合は行政とは別の非営利団体で、出展者から会費を募り、経費を差し引いた後、そこからスタッフの賃金を支払っています。先日、会費から2つ目のトイレを設置しました。」と語った。

チャノン市場は創設以来拡大を続けてきたが、その理念に変わりはなく、オーストラリアで最も活発な市場との評判を受けてきた。露店の多くで、地元農家が作った作物や植物、地元住民による美術作品や手工芸品が売られているほか、地域住民が出店した多くの屋台が軒を連ねている。中には、インドやタイからの服や、ニュージーランドのマオリ族やペルーで作られた手工芸品などの輸入品も売られている。

輸入品がどうして「作るか、焼くか、あるいは育てるか」の理念に合致するのかという点についてマクファデン事務局長は、「この場所に移転して、市場がどんどん大きくなってきたとき、人々は様々なものを売るようになりました。それでも、依然としてここは美術品や手工芸品の市場です。自分が作るものを売る。一部には輸入品もありますが、それを推奨しているわけではありません。」と答えた。

素晴らしい美術品や商品に加えて、メインステージでは「今日のバンド」による演奏も楽しむことができるし、公園のあちこちでは即席の音楽演奏が行われている。市場の最後までいれば、様々な楽器に合わせて参加者が踊る「ドラムダンス」を経験することも出来る。

しかし、今月はこうしたアトラクションを楽しむことはできない。新型コロナウィルス感染症の蔓延に伴う封鎖措置とソーシャル・ディスタンス規制で当面こうした娯楽活動が禁止されたからだ。

チャノン市場は、北部のニューサウスウェールズ海岸沿いのリゾート地区を含む「ノーザン・リバー」として知られる地域全体で日曜市場が拡がるきっかけを作った。こうした市場の多くは、日曜あるいは土曜に開催されている。そこで、ひと月を通じて生計を立てることができるように、こうした市場から市場を渡り歩く出店業者もいる。

そうした出店者の一人がチャノンから車で2時間のウルンガ村に住むアドリアネ・メルニツクさんである。彼女は、ガラス窓に張るとステンドグラスのような効果が得られる色とりどりのプラスチックを「サンライターズ」という名前を付けて売っている。自分のテントをカラフルに飾っているその商品を指さしながら、「私はアーティストでこれは全部手作りです。ここに来たのは4回目。ノーザン・リバーの市場はあちこちで出店しています。」と語った。メルニツクさんはまた、彼女の製品は無害な材料でできており、再利用が可能だ、と指摘した。

色のついた様々な石を切って宝石やネックレスを作っている地元のあるアーティストは、自分の商品を売るためにこの市場を利用している。「私は、天然の岩石を買って、それをカットして磨いてこれを作っています。車に住んでいるので家賃はかかりません。これを市場で売って生計を立てています。」サムと名乗ったこのアーティストは、ネックレスを50~150ドルの価格で売っている。

ジョン・アルクラン氏は、かつてバナナ生産者だったシーク系オーストラリア人の三世である。インド料理屋台の付いた車をウールグルガの自宅から3時間かけて運転してきて、バターチキンカレーやダールカレーに米やナンなどを付けて売っている。「ここは素晴らしい環境です。雰囲気がよく、食べ物もよく売れます。料理するものなら何でも受け入れられますし、人々の外見もいろいろです。」と、アルクラン氏は語った。

政府は、この市場が地域の人びとや文化にもたらした貢献について認識しており、新型コロナウィルス感染症の拡大に伴う封鎖措置で働けなくなった人々に賃金を支払う「ジョブ・キーパー」の仕組みにこの市場のスタッフを取り込んでいる。

「市場を閉鎖した時は、スタッフたちがレールやトイレの壁を塗るなど、施設の向上に協力してくれました。また、スタッフは地元の業者のためにオンラインマーケットの開発を始めましたが、商品の配送料が高くうまくいっていません。」とマクファデン事務局長は語った。

「ブリスベンのような遠い地域からも、毎月(11月に)多くの人々がやってきます。しかし、現在は出店業者をチャノンから100キロ以内の業者に制限しようとしています。できるだけ、地元の農民やアーティストに対して、直接商品を売るチャンスを与えたいからです。」と、マクファデン事務局長は語った。(11.17.2020) INPS Japan/ IDN-InDepthNews

 

 

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